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大阪高等裁判所 昭和30年(ネ)1526号 判決

控訴人 国

訴訟代理人 河津圭一 外一名

被控訴人 逸見憲一

主文

原判決中控訴人に関する部分を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴人の控訴を棄却する、控訴費用は控訴人の負担とする旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠関係は控訴代理人において乙第十一号証を提出し当審証人飯塚博志、同奥村延男の各証言を援用し、被控訴代理人において当審における被控訴本人尋問の結果を援用し、乙第十一号証は成立並びにその原本の存在を認めると述べた外、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

理由

被控訴人が日米安全保障条約に基き日本国内に駐留するアメリカ合衆国軍隊(以下駐留軍と略称する)のために、控訴人に雇傭され駐留軍神戸補給基地、更生修理部隊(Kobequarterdepot,Maintencedivison)の副管理人(Assistant Officemanager)として労務に服するものであるところ、肺浸潤に罹り連合国関係使用人給与規程所定の休暇に関する手続に従い兵庫県立尼崎病院の診断書を添付して休暇届をし有給休暇を得て昭和二十八年四月十三日から同年七月四日(七月五日は日曜日)まで八十三日間欠勤したが右有給休暇中である同年六月十一日右駐留軍部隊人事部が同年七月十一日を以て右健康状態を理由に解雇する旨被控訴人に対し予告したこと同年七月六日兵庫県立尼崎病院の治癒証明書を提出して出勤したが更に神戸中央診療所の提出を求められてこれを提出したが同部隊人事部が被控訴人の健康状態を看るとの理由で解雇を一ケ月延期し、右延期した予告期間の満了する同年八月十日被控訴人に対し解雇を申し渡したことはいずれも当事者間に争ないところである。

そこで、果して右解雇が被控訴人の主張するように駐留軍労務者の私傷病による解雇基準を定めた国際協定の趣旨に反し解雇原因なくしてなされた違法のものであるか否かにつき按ずるに、被告国が駐留軍労務者の雇傭主としてなす雇入、提供、解雇及び労務管理、給与の支給等の事務については昭和二十七年政令第三〇〇号の定めるところによつて、被告国の政府機関である特別調達庁長官により都、道、府県知事に委任されているが、雇用(使用)主である駐留軍と労務者との間において雇用、その他の労働者保護のための条件等については日米安全保障条約第三条に基く行政協定第十二条第五項により日本国の法令で定めるところによる外、同条項の別に相互に合意された場合に該当する日本人及びその他の日本国在住者の役務に対する基本契約(乙第二号証の一、二)及びその附属協定である連合国軍関係使用人給与規程(甲第三号証)連合国軍関係直用使用人公私傷病者の取扱手続(乙第一号証の一、二、以下取扱手続規程と略称する)が法源として適用せられ従つて解雇もまた右国際協定に別段の定がなくとも駐留軍係官(右基本契約によれば部隊労務士官が契約担当官代理者の資格を有する)が日本国法令の定めるところに従いこれを行うことが付託されているものであることはいづれも当事者間に争がなく、各真正に成立したことに争のない乙第一号証の一乃至四及び第六号証によれば右取扱手続規程に

第一原則

二、使用人が傷病にかかつた場合(公傷病及び私傷病を含む)は欠勤の日から九十日の範囲内の有給休暇を与えることが出来る。此の場合には「連合国軍関係直用使用人の給与規程」に定める所定の手続をとらなければならない。

使用人の傷病が回復して出勤後再発若くは新たな傷病のため所定の手続を経て欠勤を始めた場合においては、この有給休暇の日数は新たに起算するものとする。

三、使用人が傷病のため与えられた有給休暇を経過後なお治癒しない場合は、その使用人は Mannintable(定員表)及び Paytable(支払表)がら削除される。

この場合に公傷病者及び結核患者は日本政府渉外労務管理機関に移管される。

第三、私傷病者の取扱

(一)  結核患者の取扱

(イ)  使用人が結核のため欠勤し九十日の範囲内で与えられた有給休暇経過後も、なお治癒しないときは欠勤を始めた日より起算して一年以内の期間を無給休暇とすることができる。

(ロ)  欠勤を始めた日から満一年を経過しても結核が治癒しないと認めた場合には渉外労務管理機関は一年に満つる日の三十日前に解雇の予告を行う。

(二)  結核以外の私傷病者の取扱

(イ)  与えられた有給休暇が終了するまでは解雇しない。

(ロ)  解雇の予告は有給休暇の終了する三十日前に部隊労務士官が行い、有給休暇期間の完了の時に或はそれ以前に復職しない場合には解雇される。

と規定されていることが認められる。右規定によれば結核に罹患した労務者は有給休暇が与えられたときその病状が何んなに悪くとも九十日の有給休暇が保障され、結核以外の私傷病者の場合とはその取扱を異にし右期間経過前においては右健康条件を理由として解雇の予告を発することは許されないものと解すべきである。

従つて被控訴人が肺結核の疾患により有給休暇を与えられたものであることが当事者間に争がない以上右有給休暇中にその病状がいかようであらうとも右健康状態を理由として部隊人事部のなした本件解雇の予告は違法であつて、被控訴人において右九十日の有給休暇期間の経過する前に日本人医師の治癒証明書を提出して出勤し職場に復したものであることが先きに認定したとおりであるから、右医師の証明書が真実に反し疾病が治癒せず、就業のために病勢増悪し且つ他人に危害を及ぼすべき状態にあることを医学的に証明すべき資料がないので、右解雇の予告及びこれに基いて昭和二十八年八月十日なされた解雇は前記取扱手続規程の規定に違背し解雇原因なくしてなされた無効のものといわねばならない。

控訴人は駐留軍神戸補給廠は労務者の定員制と業務の性質上常時高能率の作業態勢が整備されていることを必要とし病気再発の恐れある労務者を雇用するわけにいかないので同廠人事部では早くから九十日の有給休暇期間前に解雇を免れる目的で病気休業が九十日に達する直前に一応出勤する事例が多くこの弊害を除去するために一律に欠勤を始めて六十日目に三十日の予告期間を定めて解雇予告を発することの取扱に事実上改められて来たから、これによる本件解雇は有効であると抗弁するけれども結核患者に対しても前記取扱手続規定で定められている結核以外の私傷病者に対する取扱と同様与えられた有給休暇中に解雇の予告を発することの慣行が繰り返し行われて来た事実は原審証人奥村延男の証言を始めその余の控訴人の立証によるもこれを確認することができないから、控訴人の右抗弁はその余の点につき判断するまでもなく採用し難い。

次に控訴人は駐留軍労務者に対する衛生管理は行政協定第三条に定める駐留軍施設及び地区内管理権の一部であるから結核で有給休暇が与えられている労務者が出勤した場合、果してその病気が治癒したか否かの最終医学的判断の権限は駐留軍にあり、労務者は右管理権に基く命令に従わねばならない。そしてその命令に従わない労務者はこれを解雇することができるものと解すべきであるところ、本件において被控訴人が駐留軍部隊人事部の診断命令に従わなかつたものであるから、本件解雇はこの点において有効であると抗弁するから、その当否につき判断する。

昭和二十六年七月一日締結された前記日米労務基本契約第七条に契約担当官において契約者が提供したある人物を引続き雇用することが合衆国政府の利益に反すると認める場合には即時その職を免じスケジユールAの規定によりその雇用(エンプロイメント)を終止する。と定められていることが成立に争ない乙第二号証の一、二により明らかであつて、右条項は単に軍事上の目的のためにする保安処分に限定して解すべき理由がなく、伝染病、結核等の病疫の予防駆除を目的とする衛生管理の必要上からも右保安処分を行い得るものと解すべきで、国際協約又は日本国法令により駐留軍労務者の保護されている労働条件にかかわらず、雇用終止を行い得る権能の範囲及び行使の条件は前記日米労務基本契約第七条及び日米安全保障条約第三条に基く行政協定第三条に規定されているが、特に駐留軍が衛生管理権を行う方式について軍司令部から極東各司令官宛に発せられた昭和二十八年五月二十九日付駐留軍施設及び地区内における最終医学的権限と題する指令第五項第六項に駐留軍係官が駐留軍医学的施設において駐留軍に使用されている日本人労務者に日本国法令が禁じていない身体検査を行うことを要求する権限を有すること、日本人労務者が右身体検査を拒否するか或は駐留軍による身体検査の結果伝染病に罹つているか、或は他の者に害を及ぼすが如き医学的条件を有しているものと認められた場合には駐留軍係官はかかる労務者の駐留軍施設にはいることを拒否する最終的権限を有すると指示したことが成立に争ない乙第四号証の一乃至三により認められる。駐留軍が基地内において日本人医師の診断に疑を有するとき、その使用する日本人労務者の右危険な病気の有無につき軍医学施設により最終医学的判断をする権能を有することは右基地内衛生管理が駐留軍の固有独立した権利であることの当然の帰結であつて、かような病気に罹患したもの罹患している疑のある日本人労務者に対し右医学的判断のため身体検査を要求することは行政協定第三条により認められた権能の適用範囲を超越するものではなく、契約により駐留軍の基地内においてその指揮管理の下に労務に服することを約諾せる日本人労務者は駐留軍の右衛生管理に協力し身体検査に応ずべき義務あるものといわねばならない。しかしながら日本人労務者が右最終医学的権能のために前記取扱手続規程により保障された利益を失うべき理由がないから、身体検査の結果他人に危険を及ぼすべき医学的条件にあることが証明されたときでも解雇は右手続規程又は労働基準法第一九条の定めるところに準じてなさるべきことは勿論である。日本人労務者が理由なく身体検査を拒否し駐留軍の正当な衛生管理を妨げたとき駐留軍係官において前記労務基本契約第七条によりその労務者の雇用を終止せしめ得ることは疑がないけれども右雇用終止の処分により当然に解雇の効力が生ずるものと解することはできない。けだし基地管理権そのものは駐留軍固有の権能であつてその行使のために控訴人から包括的に委任又は授権せらるべき解雇権が日本国法令において規定されていないからである。従つて駐留軍係官が身体検査拒否を理由として解雇するには労働基準法第二〇条第一項後段に該当する場合に限り其の旨告知しなければならないものと解するのを相当とする。

ところで、前示乙第四号証の一乃至三いづれも真正に成立したことに争のない甲第一号証、同第十四号証、乙第三号証の一、二同第五号乃至第九号証並びに原審及び当審における証人奥村延男の各証言及び被控訴本人の各供述を綜合すれば、被控訴人が肺浸潤のために九十日の有給休暇を得たが右休暇の期間満了する数日前に兵庫県立尼崎病院の治癒証明書を差し出して出勤したところ、病気治癒に疑を懐く部隊労務士官が昭和二十六年五月被控訴人の肺浸潤を診断した神戸中央診療所の診断書の提出を命じ、提出された同診療所の診断書にはX線によるも胸部になんら注目すべき変調又は疾病を認めず且つ患者自身も特別になんらの苦痛を覚えずと記載されていて、先きの治癒証明書と若干所見を異にするところが認められて、部隊労務士官が被控訴人の健康状態を看るとの理由で解雇予告期間を一ケ月延長し、その期間満了する昭和二十八年八月十日、出勤以来無遅刻無欠勤で勤務する被控訴人に対し健康状態を理由に解雇する旨申し渡したところ被控訴人が病気治癒を理由として異議を述べたので、労務士官が前記最終医学的権限に関する指令書を示し被控訴人に駐留軍の医療施設NSFJで診断を受けるか否かを質したところ被控訴人がこれを拒否したので、解雇を確認した上同日限り雇用を終止させる旨申し渡したことが認定できる。前示乙第三号証の一、二によれば、同年八月十四日附労務士官の署名ある解雇通知書の解雇理由に健康状態と併せて身体検査拒否の事実が記載されているけれども、後者のみを理由として被控訴人に対し解雇の告知がなされたことは、これを認むべき証拠がない。従つて前記取扱手続規程に違反してなされた無効な解雇が偶々被控訴人の身体検査拒否という事実が発生したことにより有効となるべき理由のないことは先きに説明したところにより自から明かで、この点に関する控訴人の主張は当らない。

しかしながら、前記兵庫県立尼崎病院の治癒証明書に示された医学的判断と神戸中央診療所の診断に示されたそれとの間に差異が認められること前段認定のとおりであるので、被控訴人の当時における健康状態が真実如何ようであつたにしろ、部隊労務士官において被控訴人の病気治癒に疑を挾さみ軍の医療施設による最終的医学的判断を得ることの措置を選んで被控訴人に対し身体検査を求めたことは必ずしも不当ということはできないから、部隊労務士官が被控訴人に対し違法な解雇の効果を維持しながら軍の診断を求めたことに形式上の過誤は認められるにしても、被控訴人において右診断を拒否すべき正当理由を有することを認むべき証拠がないから、右部隊労務士官のした右雇用終止の処分は労務基本契約第七条所定の措置として適法のものといわねばならない。

従つて雇傭主である控訴人から被控訴人に対し解雇の告知がなされたことの主張並びに立証のない本件においては控訴人と被控訴人との間において今なお雇傭関係が存続するものというべきであるけれども、被控訴人が、駐留軍の本件就業場において副管理人としての業務を行うべき雇傭契約上の債務履行を自己の責に帰すべき事由により不能ならしめたものと認むべきである以上、雇傭主である控訴人に対し自己の約定労務を終つた後でなければ請求できない賃金は昭和二十八年八月十一日以後請求できないことはいうまでもない。かように控訴人が国際協約の定めるところにより駐留軍のために被控訴人との間になした雇傭契約がその契約により定められた使用主である駐留軍において正当権限に基いて被控訴人の使用を終止させたときは他に別段の事情あることを認むべき証拠がない限り、被控訴人は控訴人に対し即時判決を以て右雇傭関係の存続することの確定を定めるにつき法律上の利益を有しないものというべきであるから、被控訴人の本訴請求中控訴人に対し被控訴人主張の職種地位における労務を目的とする雇傭関係存続することの確認を求める部分は失当として棄却を免れない。又被控訴人は控訴人に対し昭和二十八年八月十一日以降本判決確定に至るまで一ケ月金一九、七九〇円の割合による賃金の支払を請求するけれども本件雇傭契約により生ずべき被控訴人の賃金債権としては同日以降発生しないことは先きに説明したとおりであるから、被控訴人の右請求もまた他の点につき判断するまでもなく理由がない。

従つて以上と異れる見解の下に被控訴人の本訴を認容した原判決は不相当であり、本件控訴は理由があるから原判決を取消すべきものとし、民事訴訟法第九六条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松村寿伝夫 竹中義郎 南新一)

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